えすこーと

メダリスト/夜鷹×司

明浦路司は、世話を焼くのが上手い。
上手い、と言うか身に沁みついている感があった。

一緒に食事を摂れば

「はい、お醤油はこちらに」
「袖口危ないです」
「シミになるのでこれで拭いてください」

細やかに夜鷹を気遣い、「ん」財布を差し出した彼の意図を察するように黒いカードだけを受け取る。

町を歩けば自然と司は車道側を歩き、立ち寄ったコンビニでは夜鷹の飲む水を選び、そして彼の質量ぴったりの避妊具を何食わぬ顔をしてレジに置いた。
本人の夜鷹と言えば出入口に置かれた灰皿の前で紫煙を燻らせて「遅い」眉を顰めるのが仕事で「すみません」いつも司は頭を下げる。

「どうぞ」

表示灯の灯ったエレベーターホール、すうと頭上から伸ばされた腕がドアを留めて夜鷹の一歩を促す。
夜鷹が小さな箱の真ん中に陣取ると、司は迷うことなく上層階のボタンを押して【閉】パネルを操作した。そんな恋人のがっしりとした背中を見ながら「？？」夜鷹は首を傾げる。

――司は、夜鷹の恋人だ。
今宵も身体を重ねる目的で呼び出した。

最後に会ったのは5日前。
当たり前のように夜鷹は司を抱いたし、彼に抱かれて司は何度も果てた。

びっしりと汗の浮かんだ額、目尻は赤く染まり、涙に濡れた睫毛の先までも鮮明に夜鷹は思い出せる。
動けば艶やかな声を散らし、揺れる雄から滴る蜜に夜鷹の体温も上がった。

――抱いているのは自分。主導権は夜鷹にある。なのに、この状況は…

『♪』

エレベーターが軽快な音を立て、扉が開くと司はやっぱり扉を抑えて「着きましたよ」夜鷹に振り向いた。

「…ねぇ」

人が誰も居ないのを理由に、司の腕に絡みついた夜鷹は踵を上げる。

「どうしてきみは」

――僕に抱かれるの？

どんなに噛み痕を付けても、キスマークで鬱血させても、気の利く恋人は従順なのだ。嫌だと首を振らないし、痛いとも文句も言わない。きっと、何か理由があるに違いない。
耳元で告げられた爆弾に「！？！？！？」司の目が丸くなり、言葉を詰まらせたのは言うまでもない。

”好き”
相手から向けられている目に見えない感情を、まだ理解していない氷上の帝王なのだった。

＊おしまい＊