Serena*Mのあたまのなかみ。
NARUTO/角飛
ēli ēli lemā sabachthani
【ヘブライ語】神よ、神よ、何故 私をお見捨てになったのですか?
※転生パロ
※先天性女体化(角都/飛段とも)
”100万回死んだ猫”の飛段版…みたいなイメージです。
あの猫は最後は幸せになれましたが、飛段は果たして。。。
ēli ēli lemā sabachthani
【ヘブライ語】神よ、神よ、何故 私をお見捨てになったのですか?
※転生パロ
※先天性女体化(角都/飛段とも)
”100万回死んだ猫”の飛段版…みたいなイメージです。
あの猫は最後は幸せになれましたが、飛段は果たして。。。
その穴ぐらの中では、幾つの晩が過ぎたのか、季節が過ぎたのか――飛段には分からなかった。
どれくらいの時間を過ごしたのかは分からない。じわじわと再生しては腐る肉体に信仰する神への祈りが足りないのか、贄を捧げないことへの罰なのか、独り考える。考えることを放棄しても、やっぱり有り余る時間に脳は思考を続けてしまい、思い浮かぶのは相棒の角都の事ばかりで「早く迎えに来いよぉ」呪詛を吐いて終わるのだ。
――嗚呼、最後に見たのがウゼぇシカヤローじゃなくて角都なら良かったのになァ。
もう何百回目になる言葉を呟いて、神への祈りの言葉を唱えるうちに――そのうち、飛段の意識は途絶えたのだった。
*
突然の陽の光に飛段が目を細めると
「兄ちゃん、気が付いたか!?」
威勢の良い声が彼を迎える。
「…ぅ…あ……俺…?」
顔を顰めた飛段に、気の良さそうなヒゲ面の男は続ける。
「兄ちゃん、ついさっき倒れたんだよ。
熱中症か?」
冷たい水を差し出した彼に、飛段はベンチに寝かされていたことに気が付く。
「!!!!」
飛び起きた飛段に「あぶねぇ」男は豪快に笑い、「さっき駅員は呼んで貰ったから、ちょっと休んでから動け、な」ペットボトルを押し付けて「じゃぁな!!」滑り込んできた電車に駆け込んだ。
「あ、ありがとうございます!」
叫んだ飛段に男は小さく手を振ると満員の車内に身体を押し込める。
短い車両を見送ってペットボトルを首筋に当てたところに、
「あっちです」
ふくよかな体系の男性が駅員を先導して走ってくる。
後ろの車椅子を押した駅員に大袈裟だなぁ、飛段は思いつつも久しぶりに触れる人の優しさに胸の奥が熱くなった。
耳に届くのは蝉の鳴き声、往来の雑談、ホームの案内アナウンス…
気の遠くなるほどの時間、無音の中に身を置いた飛段にとってはこの世界は随分と騒々しい。なのに、その音が心地良く聞こえるのも事実だった。
「具合はどう? 歩けそうかな??」
膝を折った駅員と、安堵した表情の男性に
「多分歩けそ~…かな。少しだけ休めば……」
飛段は眉を寄せると白い歯を向けた。
*
エアコンの利いた駅員の控室で休んでいる飛段は「生きてる」独りごちる。
――生きてる、いや、当たり前だ。
気の遠くなるような時間、あの穴ぐらにいた。
自分は死ねない肉体だったはずだ。ジャシン様への贄を捧げなかったから死んだのか、俺は。
けれど、どうして記憶を持ったままこうして生きている? 何故、今になって“気付い”た??
現在の記憶は高校生、来週から2回目の中間テスト。古典は嫌いじゃないが、現国は苦手。数学も嫌だ。まだ科学の方がマシ。
そう、今の記憶だってある。けど、どうして――
思考を止めずに難しい顔をした飛段に氷嚢を作ってくれた駅員は優しい。
「難しい顔をして…まだ具合が悪いか? やっぱりお家の方に連絡を…」
「あ、いや大丈夫ッス! さっき学校には電話したんで!!」
慌てて学生の顔を作った飛段は、そうして――この世界で覚醒したのだった。
*
学校に向かうつもりで駅員室を出たものの、結局その日は「駅で倒れたので休む」自宅に帰って学校に連絡を入れた。
生活の慣れとは恐ろしいもので、飛段自身は見知らぬ街だと認識しているものの、身体は自然と自宅に向かい、慣れた手付きで鍵を開け、2階の自室のドアを開ける。
どうやら両親は共働きのようで、飛段には都合が良かった。
柔らかいベッドに身体を横たえると、考えるのは昔の記憶――相棒だった角都のこと。
自分がこうして記憶を持って生きているのだ、何処かに角都だって生きている筈――
ゴロゴロと寝返って「会いてぇなぁ」小さく呟くのだった。
*
“会いたい”
あんなに渇望した角都との邂逅の時は、いやにあっさりと訪れた。
翌日、駅まで向かう横断歩道の向かい側に角都は居たのだ。
遠目にも分かる、頭一つ飛び出た長身。飛段が制服を着ているように彼も真っ白なワイシャツを着てジャケットは手に抱え、薄いブリーフケースを持っていた。どこからどう見ても“サラリーマン”と言う出で立ちで、どうやらこの世界でも角都は飛段よりも“年上”らしい。
飛段はイライラと信号機を睨み上げる。
穴ぐらで過ごした時よりも長く感じる1分を待って、ようやく変わった信号機に飛段は横断歩道に飛び出した。
「かぁーーーくず~~~!!!!」
両手を振り上げた刹那、交差点に響くのは鈍い音、クラクションのホーン音に女性の叫び声。
「あっぶねぇなー!?」
「トラックが突っ込んで来たぞ!!」
「高校生が轢かれたッ!」
「救急車! 早く!」
――ほぇ…え…?
懐かしい痛みを感じながら、真っ青な空を最後に飛段の意識は事切れるのだった。
*
最初に見えたのは真っ白な天井、アルコールの匂い。
時代が変わっても、此処が何処なのかは飛段にも一目瞭然だった。
「ぅ…あ…?」
蛍光灯の眩しさに顔を顰めた飛段に
「あぁぁぁぁぁ〇〇!
目が覚めたのね!?」
母親らしき女性の顔がくしゃくしゃに歪んで頭の上に「?」が浮かぶ。
――角都を見つけて、トラックに轢かれて。
運び込まれたのが病院か。
飛段が深呼吸をすると、ナースコールに呼ばれた看護師が部屋のドアを開ける。
「〇〇ちゃん、具合はどう?」
ベッドサイドの器具の数値を確認しながら尋ねる優しい笑顔に「〇〇ちゃん…?」飛段は首を傾げる。
確か俺は男で、“高校生”ってヤツだった筈だ。男に対しても“ちゃん”と言う世界なのかここは…?
自身の名前を呟いた飛段に、母親が「まだちょっと混乱しているのよね」労わるように腕を擦る。
布団から伸びた腕は細く、淡いピンクのストライプ模様の寝間着にぞわりと全身に鳥肌が立った。
――もしかして、俺、は。
「…おか、あ、さん」
か細く出した声は高く、まだ幼い。
「〇〇ちゃん…!!」
今度こそぎゅっと母親に抱き締められて、飛段は今度は“女”に転生したことを悟るのだった。
*
ベッドに縛り付けられて4日、術後だから仕方のない話ではあるのだが飛段は変わらない風景に飽き飽きしていた。
今度の彼が目覚めたのは、難しい脳の手術を終えた少女の肉体で驚くほど体力がない。別にこうして寝ているだけなのだから問題は無かったのだが、考えごとをしようと目を瞑ると直ぐに寝てしまうのが悩みの種だった。
今度はどうやって角都を探そう。
相変わらず飛段は考える。
『前回』は年上だった。だからきっと今回も角都は飛段よりは年上だろう。飛段はまだ小学生、もしかしたら同じ学区の中学生か…高校生かもしれない。
手術後、少しだけガサツさが目立つようになった娘を両親は心配したものの、元気であるのが一番と“俺”と言う娘の言葉を無理に直そうとはせず、ただ優しく見守ってくれた。飛段としても「私」「あたし」言ってみたいのだが、つい口をつくのが慣れ親しんだ「俺」なのだ。そのうちに直す、だから今は許して欲しい。
昼食を食べて少し睡魔と戦ってると、
「こんにちは、〇〇ちゃん」
丸い眼鏡の主治医が顔を覗かせる。
「やくし先生、こんにちは」
飛段が視線を動かすと、主治医の後ろに控える長身の影に息を呑んだ。
「!!」
「こんにちは、〇〇さん。はじめまして」
耳に届くのは懐かしい低い声。
――角都。
さっぱりと刈り上げたショートヘアに、医師らしい真っ白な白衣。
病院の人間だからか、感染症対策のマスク姿ではあったが涼し気な目元は記憶の角都そのもので飛段は言葉を失う。
「〇〇ちゃん、こっちは■■先生。
研修生なんだけど、今日から僕と一緒に勉強をするんだ。それでね、君のことを担当して貰おうと思って」
目を瞬かせた飛段に気付かず、主治医(カブト)は続ける。
「ちょっとびっくりしちゃったかな?
また明日の朝も一緒に来るから、その時はお話してあげてね」
柔和な微笑みを浮かべて頭を撫でた主治医に、傍らの角都は小さく頭を下げただけ。
子供に対しても大人と変わらないクールな立ち振る舞いに「子供は慣れない?」勝手に担当医は察して2人は部屋を後にする。
残された飛段は「角都だ角都だ角都だ!!」ベッドの上を転げまわり、モニターの心拍数が急に上がったものだから容体急変かと慌てた看護師が駆け込んでくるのだった。
*
担当患者として、飛段のレポートを書いている角都は始めの頃は主治医と一緒に飛段の病室を訪れていたが、3日もすると1人で顔を覗かせるようになった。
「調子はどうだ」
「めまいはもうしないか」
「ちゃんと飯は食ったか?」
研修医で、しかも子供相手だと言うのに角都の態度は尊大で、けれど飛段は其れが素直に嬉しい。
「悪くない」
「朝起きるとちょっとだけ目が回る」
「全部食べた」
病室で塗り絵をする彼に、
「面白いか」
角都は尋ねたが「つまんねぇ」返した時に初めて表情を緩めた。
「そんなつまらんモンよりも算数の勉強でもしろ」
次に来た時は下の売店で買ったのだろう、中学年向けの算数ドリルを持ってきて
「俺、病気であんまガッコー行ってねーから分からん」
言った飛段に勉強を教えてくれるようになった。
子供に教えると言うのに角都の言葉は厳しかったが、変わらない性格の根の部分に飛段は喜ぶ。
両親もあまり勉強が得意ではない飛段が頑張っているのを見て、研修医(角都)に感謝を伝えていた。
「なぁ■■~。明日もベンキョー教えてくれんの?」
1学年下の内容の算数を解きながら飛段が尋ねると、小さなテーブルでレポートを書いていた角都が顔を上げる。
「明日は休みだ。
来週からは別の課に行くから、来るのは遅くなるかもな」
――角都がこうして飛段の面倒を見るようになって3週間。
研修医の彼は幾つもの課を回らなければならなかった。
「そっかぁ、つまんね~の」
「宿題なら難しいのを置いてってやるから、ちゃんと解いておけ」
万年筆のキャップを閉めた角都に「おう」飛段は頷く。
――小学生の自分が成人した角都に“ずっと会いたかった”なんて言ったらどんな顔をするだろう。
手術の影響かと笑われるだろうか、それとも実は角都も記憶があって罵ってくれるのだろうか。
手術の影響で利き腕では未だ上手く字が書けない飛段だったから、こっそりと平仮名の練習はしていた。
もう少し良くなったら、角都が研修を終える前に手紙を渡せたら。
プリントを見つめたまま微動だにしない飛段に「ちゃんとやれ」研修医は厳しいのだった。
*
課を移って10日、すっかり顔を出すのが遅れてしまったと角都が小児科を訪れたら、ナースステーションで看護師長に呼び止められた。
「■■先生!
〇〇ちゃんのことですけど…」
部屋が変わったか?
足を止めた研修医は、看護師長の言葉に持ったプリントを床に散らばらせる。
――角都が病室を訪れなかった日の晩、容体が急変してあっけなく飛段はこの世を去ってしまったのだった。
*
次に飛段が目覚めたのは、バーの1人席だった。
「お客さん、寝るのは困るよ」
フロアスタッフに肩を叩かれ顔を上げると、カウンターからバーテンダーの視線が冷たく刺さる。
「…っ、ぁ、わりィ…」
飛段は垂れた涎を拭うと「軽めのヤツを」片手を上げてオーダーを通し、グラスについた水滴をそっと撫でた。
――俺は小学生の女児だったのに、これは。
左手の腕時計は少し名のあるブランドのもので、ボーナスを貯めて買ったお気に入りの一品だ。
カフスボタンだって、店頭で見掛けた一目惚れのもの。身分不相応だと周りは笑ったが、妙に飛段は背伸びしたがった。
今だって、こうして静かなバーに居るのもその一環だ。…うたた寝してしまったのは、想定外ではあったが。
今度はなんだ、飛段は頭を振る。
バーテンダーが「レッドアイです」真っ赤なカクテルをカウンターに置くと、隣の男が飛段に声を掛けた。
「…まだ飲む気か」
ジャズの流れる店内に溶ける、低い声。――この声には聞き覚えがある。
はっとして顔を上げると、其処には懐かしい顔があった。
――角都。
*
其処からはもう、押したり引いたり、飛段は大忙しだった。
バーで知り合った男と顔見知りになるまで2ヵ月、マスターに協力を仰いで3ヵ月、『男に興味は無い』そう言い切った角都と恋人関係になったのだ。
今度の角都は飛段よりも5つ年上なだけで、割と年齢は近い。
“恋人”とは言っても飛段が嬉しそうに角都にまとわりつくだけで、以前のような肉体関係には程遠い。
爽やかな初夏の風が吹く午後、片付けた冬物を仕舞う収納ケースが欲しいと家具量販店に2人で出掛ける。
店内に飾られた鏡に映るのは、自分より少しだけ身長の高いほっそりした男。切れ長の瞳に眉間の皺が神経質そうな男だ。
なのに飛段の目にはあの頃と同じ、褐色の肌に緑色の瞳の角都に映る。
「…どうした、人の顔を見てニヤニヤして」
不機嫌に顔を歪めた変わらない顔に
「いや、良い男だな~って思ってさぁ」
飛段は頭を掻く。いじらしい恋人の姿に、“外では手を繋がない”宣言した角都だったのに自然と手のひらに指が触れた。流石に人前で指を絡めることは無かったが、手のひらから伝わる恋人の体温に飛段は驚く。
驚いて顔を上げたに「収納コーナーは向こうだ」顔を背けたまま角都は呟いて、あの頃と同じように先を歩くのだった。
*
「うっひょ~~~気持ちぃなァ!」
真っ青な空を映したような透明な水面を、バナナの形をした浮き輪に揺られながら飛段は声をあげる。
船尾からその様子を見ていた角都は「朝から元気だな」憎まれ口を叩き、小型ボートを操縦する船長が笑った。
場所は南の海、観光客からの人気も高い離島の砂浜。
付き合って1年だと飛段が計画して、角都が重い腰を上げた。
人付き合いが余り得意ではない角都が、こうして人と長く過ごすのは大変に珍しい。
親ですら連絡を取るのが面倒だと疎遠気味なのだから、目に見えた態度では示さないものの飛段は角都の“お気に入り”のようだった。――だからこその恋人なのだが。
「お兄さんは乗らないのかい?」
後ろではしゃぐ飛段を振り回すように船体を操縦する船長が角都に声を掛ける。
「…ああいった煩いのが一緒だとな」
相変わらずの皮肉に船長は豪快に笑うと大きく舵を切った。
「うわ~~~~~!?」
遠心力に飛段が吹っ飛ばされると「!?!?」角都が目を白黒させ、船長が「これがバナナボートの醍醐味ってもんよ」大胆な遊び方を説明する。
「おんもしれ~~~!!!!」
ライフジャケットでぷかぷかと浮いた飛段の笑い声が、青空に吸い込まれていった。
*
「俺は本を読む。
お前は勝手に遊んでいろ」
大きなパラソルの下で本を開いた角都に、「おう」飛段はシュノーケルの付いた水中メガネを振る。
「ちゃんと水分補給すんだぞー!
じゃねぇと干からびで死ぬからなァ~」
お揃いのウォーターシューズで白い砂浜を蹴散らした彼は波打ち際で叫ぶと、ざぶざぶと海に入る。
「あっヤドカリ!!」
「すっげ~キレーーー!」
波の音しか聞こえない静かな海岸に飛段の騒ぎ声は不釣り合いだったが、それもまた“休み”らしくて悪くない。
角都も傍らに置いたスポーツドリンクを飲みながら文学の世界を旅行していると、耳に届く音が波の音だけになっているのに気が付いて不意に顔を上げた。
目の前に広がるのは真っ白な砂浜、青い海、青い空、輝く太陽。
「…〇〇?」
角都は飛段の名を呟く。
遠目にも分かるよう派手なラッシュガードを着せたのだが、その青い世界に派手な色はなく、波打ち際をヤドカリが歩いている。
「〇〇!!」
立ち上がって角都は浜に駆け出すが、いくら見渡しても透明な青が広がるだけ。
じり、首筋は太陽に焼かれている筈なのに冷たい汗が背中を滑り落ちる。
悪い予想は的中し、
――飛段の死体が見つかったのは、それから1週間後の別の島の浜だった。
*
「また俺は死んだのか」
流石に4回目ともなる記憶の積み重ねに、暗がりに目を開けた飛段は溜め息を吐く。
今度はどんな“人”なのだろうか。目を擦って身体を起こした飛段に、「んん」甘い声が腰元から聞こえた。
「…?」
飛段が視線を動かすと、其処には派手な面立ちの1人の女。頭上には投げ捨てた下着が、使ったコンドームの空き箱が転がっていて今度の飛段は随分と“ヤンチャ”なようだ。
「う゛…」
思わず頭を抱えた飛段に、それまでの人生の情報が一気に脳に流し込まれる。
今度の人生はとある宗教に一家離散し、施設で育った青年だった。成人前に就職するものの、喧嘩っ早さから早々に仕事をクビになり、危ない仕事で日銭を稼いではこうして女の元に転がり込んで養ってもらうような生活。
最近は暴力団の使い走りのような仕事も始めて、ますます生活の羽振りは良く、比例するように生活は荒んでいった。
「…なぁに…? 起きちゃったの?」
とろんと眠たげな瞼を開けて、甘えて飛段の股間を弄る女に「いや、寝る」飛段は言うと背中を向ける。
女の方は「もう」飛段を小突くものの、ぴったりと寄り添って直ぐに寝息を立て始めた。
彼女の名前は知らない。
昨日、雨上がりの居酒屋の前で声を掛けただけの関係だ。陽が昇ったら家を出よう。
ペカペカと光ったPHSを開いて、今日の小銭をどう稼ぐか考える飛段なのだった。
*
その日、飛段に渡された依頼は『人を殺して欲しい』現代では余りに素っ頓狂な話だった。
「いや、流石に出来ねーッスよ!」
大袈裟に首を振った飛段に、ブランド物のジャージで揃えた兄貴分は強気だ。
「流石に“殺す”のは言い過ぎかもしれんが… 刺し違える程度は…」
「いやいやソレって俺普通に捕まるヤツじゃないですか!」
「いい加減、オレも兄貴に恩返ししてぇんだよ」
「だったら自分でやって下さいよ!?」
高校を中退して暴力団の世界に足を踏み入れたと言う兄貴分は、飛段の入り浸っているパチンコ屋で知り合い、こうして小銭を稼ぐ手段を与えてくれたから飛段とて彼を無下には出来ない尊大だった。
兄貴分は“兄貴”に心酔していて、在学中から兄貴には世話になっていたのだと言う。
「だったら俺もその“兄貴”に紹介して下さいよォ。
兄さんの為に働くんなら、俺だってその権利っつーのはあるだろ~?」
擦り寄った飛段に「うーん」兄貴分は頭を捻る。
確かに飛段の言う事は一理ある…ような無いような。愚鈍な兄貴分は迷ってしまったが「これが兄貴だ」見せた写真に「絶対に会わせてくれ!!」鼻息が荒くなった飛段を訝しがりつつも、依頼の成功報酬として“兄貴に会わせる”が加わったのだった。
*
それからの飛段は、標的(ターゲット)を調べ上げ、綿密な殺害計画を立てた。
まだ飛段が“忍”だった頃、こうして角都が任務の標的を調べ上げてたっけ。標的の行動をこっそりと追いながら飛段は1人頬を緩める。
標的は1人、“兄貴”と敵対する組織の人間だった。
昔から兄貴とは犬猿の仲の組織であり、常に小競り合っている。ここで重要人物に損害を与えられれば、この町のパワーバランスも変わって兄貴にも有利になるらしい。
「頼んだぞ」
妙にしたり顔の兄貴分に言われて飛段は頷く。
――人なら以前の世界で充分に殺してきた。
それは神に捧げる供物ではあったけど、普通の人間よりも人体に詳しいのは事実だ。何処を刺せば酷く血が出るのか、足止めできるか。
久し振りに触った冷たい刃物の感触に飛段の心拍数も上がる。
土曜の夜、繁華街の裏通り。
23時過ぎに経営している店を移動するのにこの通りを使うのは調査済みだ。雑居ビルの隙間に伸びる細い道は人が1人通るのがやっとの細さで、勿論人通りは無い。足止めをするには、ただ立つだけで良かった。
「…誰だ、お前」
涼やかな目元の、ピアスをした青年は飛段に凄む。
いつも連れているふくよかな体形の用心棒もこの移動には適さないから連れていない。裏の世界に生きる人間だ、丸腰で無いのは分かっていたが今日は飛段の方に分があった。
飛段は彼の質問には答えず、ゆらりと近寄ると真っ直ぐにナイフを突き出す。
人の臓器の弱い場所は知っている。あばら骨の下、柔らかいところ。つい、手癖が出てしまっただけだ。
叫び声を発する前に口元を塞ぎ、そのまま抱き締めるように深くナイフを突き刺す。ゆっくり数えて十秒、抱き締めた身体を離すと彼の身体は重くなった。崩れ落ちる青年と広がる血だまりに、飛段はナイフの指紋を拭き取り羽織った撥水パーカーを脱ぎ捨てると、素知らぬ顔をして繁華街の雑踏に紛れたのだった。
*
組織の重要人物が暗殺者(ヒットマン)に狙われたと言うニュースは瞬く間に夜の町に広がった。
飛段としては殺すつもりで挑んだのだが、其処は勝手の違う得物と医療の発達した現代。指定の時間になっても現れない彼に用心棒が探し出し、病院に搬送されたらしかった。
『刺し違える程度には』言った兄貴分は入院だけで済んだ結末に渋い顔をしたが、「約束しただろぉ!?」飛段の剣幕に圧されて兄貴との顔合わせの場を作る。
「俺がやりました!!!!!!」
胸を張った飛段に、兄貴の――角都の怒号が響いた。
「大莫迦者が!!」
構成員ならまだしも、知らなかったとは言え今回の事件は一般人を使った自分たちに非がある。
兄貴分とともに絶縁状を突き付けられた飛段は呆気に取られた。
「かく、ず」
呟いた飛段の言葉を角都は聞き逃さない。
「カクズとは誰だ? 二度と俺の前に顔を出すな」
捲り上げたシャツから覗く龍の文様、事務所の壁に飾られた『質素節約』の文字は見飽きた“角都”の文字だ。
本当の名前を言っただけなのに、ぎろりと緑の目に睨まれて「ひん」飛段は言葉を失う。
――別に、この(ヤクザの)世界に足を踏み入れたかったワケじゃない。
ただ、角都に会いたかった。また役に立てるかと思った。
“事件”から兄貴分とは疎遠になり、飛段の生活も別な方向に荒れた。
そしてある晩、刺した彼への報復だと事故を装って非常階段から突き落とされ――そして今回の飛段の命は尽きるのだった。
*
不思議な夢を見た。
真っ青な髪をした“天使”の夢だ。
真っ白な翼を生やした彼女はどこか懐かしさを覚えたが、“誰か”は思い出せなかった。
「また死んだのね」
『やっと角都に会えたと思ったんだけどな』
「…人を殺して幸せになんてなれないわよ」
『そっかぁ』
「次こそ、角都と添い遂げられるといいわね、飛段」
“飛段”呼ばれた名前が優しくて遠ざかる天使に「待ってくれ!」飛段は手を伸ばす。
けれど天使は光の中に消え、そして飛段は地面に落ちるのだった。
*
もしかしたら、今度の“人生”は飛段にとって一番マトモかもしれない。
気が付いた時は飛段は3つの幼児で、この町に新しく越してきた一家のようだった。
角都との出会いは勿論、記憶を取り戻して直ぐ。
「こんにちは、××さん。
隣に越してきた△△です」
父に手を繋がれて挨拶に行った隣の家、その家の子供だったのだ。
「あら、お子さんがいらっしゃるんですね!
ウチにも居るんですよ。お父さん!ほら、■■呼んで」
同じく父に連れられて顔を出した角都は可愛らしい幼子で、ぽっと飛段の心に炎が灯る。
「幾つになんですか?」
「今年3つになったばかりで…」
「あら!じゃぁ殆ど同じ年ね。ウチの子は4歳だから」
母親同士が盛り上がる中、飛段が父を見上げると「こんにちは、ってしてごらん」頷かれて飛段は一歩を踏み出す。
「こんにちは」
差し出された小さな手に、角都も父を見上げたが、同じように頷かれて彼も飛段の手を握った。
「…こんにちは」
それが、角都と飛段の出会いだった。
*
同じ幼稚園、小学校。
“幼馴染”として当たり前のように飛段は角都と一緒に過ごした。
今回の角都も飛段よりもずっと頭が良く、そして人付き合いが苦手で口が悪い。
けれど陽気な飛段にとっては其れが心地よく、そして両親としても大人しい娘を連れ出してくれる幼馴染の存在は有難かった。
――そう、今回の角都は“女”だったのだ。
飛段は角都の性別で彼を愛しているわけではない。だから男だろうが女だろうが関係は無かった。
けれど。
出会った直後に死に、知り合ってからも死に、恋人になっても死に、そして会うために危ない橋を渡っても死んだ――と、角都との出会いが死に直結している飛段としては“死”から逃れる術はない。
忍だった時代、“不死”が飛段の代名詞だったというのに立て続けに続いた“死”に飛段は臆病になった。
――もし死ぬのなら、出会った直後に死んでる筈だ。
『小学5年 漢字練習帳』
短い鉛筆で雑な字を書きながら飛段は腹を決める。
文字だって角都に習ったのだからずっと覚えている。なのに相変わらず彼の筆順は雑だった。
禁止 禁止 禁止 禁止 禁止 禁止
事故 事故 事故 事故 事故 事故
同じ文字を何度も羅列しながら、彼は思いを新たにする。
もう角都を、好きにならない――
*
小学校と中学校に分かれた時は少し疎遠になったものの、飛段も中学に上がると昔と変わらず角都と飛段は一緒に通学路を歩いた。
年頃の男女だと互いに恥ずかしがったりするものだが、この2人にはその感情は無いらしい。
「また同じ学校だね、○○」
「まーた■■と一緒かよ」
変わらずに叩く憎まれ口、それだけで飛段は充分だ。
中学に上がって多感な少女になった角都は、家族よりも近い存在の弟のような飛段に相談事を持ち込む。
学校の先輩が好きになった、同学年の子に告白された――
いつも飛段の前では無表情で本ばかり読む角都がこうして男子から告白されるのが不思議で
「どーしてブッチョーヅラのお前がモテるんだ??」
尋ねたら持った本で叩かれてしまった。
「…お前が、お前が……『不愛想なのは良くないから学校ではちゃんと笑え』って言ったんじゃないか…!」
幼稚園の頃のように頬を膨らませた姿に「可愛い」飛段は思ったが、此処で心をぐらつかせては明日“死ぬ”かもしれない。
「そ~だっけ」
尖らせた唇の上にペンを乗せておどけた飛段に、角都は「勝手に宿題しろ」いつもは面倒を見てくれる宿題の解説を放棄してそっぽを向いた。
「…ったく、誰がどんな思いで断ってると思ってんだ」
――背中を向けた角都の頬が赤いのを、プリントに視線を落とした飛段は全く気が付いていないのだった。
*
角都の高校受験を控えたある夜、飛段のスマホが震える。
リビングでバラエティ番組を見ていた飛段が画面を覗くと
「母さんがお歳暮で貰ったハムお裾分けしたいって」
幼馴染からの誘いだった。
『受験勉強はいいの』
「ちょっと息抜き」
『ハム嬉しい。おばさんにもありがとうって伝えて』
「言っとく。すぐ来る?」
『CMになったら行く』
「おけ」
スマホを置いた飛段は、台所に立つ母に声を掛ける。
「おかん。
■■ん家でお歳暮のハムくれるって。行ってくる」
シンクの前に立つ母は「あらーいつも悪いわね」言って、
「■■ちゃんの勉強の邪魔しないで早く帰ってくるのよ」
そう息子に釘を刺した。
「わ~ってらって」
飛段は言うと、軽快に2階への階段を上り自室のドアを開ける。
そのまま隣の家に近い窓を開けると「■■」角都の名を呼んだ。
程なくして閉められた窓が開き、角都が顔を覗かせる。
「あれ、CMって言って無かった?」
「つまんね~から来た」
「テレビ同じのにしてるよ」
角都の言葉に「ん」飛段は頷くと、ひょいと窓から窓へ飛び移る。
猫の額ほどの土地に立つ分譲住宅、玄関から出入りするよりもこうして窓を伝った方が早かった。互いの両親から怒られはするものの、子供の頃からこうして飛段は角都の部屋に行っているのだ。
黒が基調の物の少ない洗練されたは部屋はごちゃついた飛段の部屋と違って居心地がいい。角都の部屋にはテレビだってあったから昔から見たい番組を角都の部屋で見ていた。チャンネル戦争に負けたって、俺には角都がいる。
「肉くれよ、肉」
開口一番に欲望を口にした飛段に、角都は顔を顰める。
「…なんだよ」
「べつに」
ローテーブルに置かれたココアとポテトチップスに、角都は飛段を招く準備をしていたようだ。
「食ったら帰るぞ」
「…うん」
自分から呼び出した割に、今日の角都は妙によそよそしい。
居心地が悪くて口を噤んだ飛段に、流した番組の笑い声が響いた。
「…ねぇ、〇〇」
「ぁ? なに」
「……受験、終わったらさ、その」
「来月だろ? 今が“追い込み”って時期じゃねーの」
――角都が目指すのは、県内で1番とも言われている優秀な高校だ。
勿論、角都は頭が良い。失敗するなんて思えなかったが、勉強の邪魔をしたくは無かった。
「……そう、だね。うん。勉強するわ」
角都は呟くと「ん、もう帰っていいよ」用意していたハムの塊を差し出して窓を開ける。
急に吹き込んだ冷たい風にくしゃみをすると、飛段は
「風邪引くなよ」
サッシに足を掛けながら振り向いた。
頷いた角都に飛段も満足するとひらりと窓を飛び越えて自室に戻る。
手を振る角都に「じゃ~な」飛段も窓を閉めると、
「オカーーーン! ハムーーーーー!!」
「お母さんはハムじゃありません!」
階段をバタバタと下るのだった。
*
その晩、床に就いた飛段は、真夜中に懐かしい痛みを感じた。
心臓を貫いた時の、例えようのない快感、説明することの出来ない痛み――
――ウソだろ!? また死ぬのかよ!!!!
角都の事は、あくまで友人として接してきたのだ。なのに、何故――
予想だにしない“死”の引導に、抗う術もなく飛段は引き込まれるのだった。
*
「!!!!!!!!!!」
跳ね起きた先は、病室でも、汚い木造アパートでも、転がり込んだデザイナーズマンションでもなく、この春から暮らし始めた1DKのアパートだった。
寸法を測り間違えて買った寸足らずのカーテンの下からは、国道を走る車のライトがチラチラと光る。
「また、ここからかよ」
膝を抱えて大きく息を吐いた飛段に、いつかの時のように記憶が雪崩れ込む。
今度の飛段は大学を卒業したばかりの社会人、就職先はこの家から1時間ほどの距離の商社。昨日で社員研修が終わり、今日からは配属先での勤務が始まる。
何度も角都との出会いと別れを繰り返してきた飛段は、馬鹿なりにもその法則を掴みかけていた。
「多分…上司だな、こりゃぁ」
――呟いた言葉は、後に真実となる。
*
案の定、配属された課の上長に当たるのが“角都”だった。
人間に対しては要領の良い飛段の、書類上の細かな見落としを見つけては溜め息混じりに飛段を呼び出す。
「ここはちゃんと押印して貰えと教えた」
「署名の記名漏れがある、書いて貰って来い。今日中に」
「提出書類が不足している。やり直しだ」
銀縁眼鏡の細いフレームの奥から覗く鋭い視線に、ぞわりと飛段の背中に冷たいものが走る。面立ちが違うのは分かっているのに、いつも飛段の目には角都の見た目をしていたから、その視線はどうも夜の生活を思い出させて「な、直して来ます!」答えるのが精いっぱいだった。
「○○(アイツ)はなんであんなに緊張してるんだ?」
流石にずっとこの調子ではこの先も思いやられる。
長身の同僚に愚痴った角都に、同僚は「飲みにでも誘って少し膝を突き合わせて話してみてはどうでしょう」余りに当たり前な助言をして、角都は飛段を酒の席に誘った。
流石に突然に誘うのは渋るか、角都も考えたものの、そこは短絡的で能天気な飛段だ。
「え? 課長の奢り!? なら行きます!」
二つ返事で笑顔を作った彼に、何を俺は悩んでいたんだ?思ったのは秘密の話。
腹を割って話してみると、若造も若造なりに仕事に一生懸命で、書類の違いについてはここ数年マニュアルの見直しをしてこなかったが故の、古い書類での記載見本に飛段が上手く解釈出来ないだけの話だった。皆が出来ていたから、とマニュアル更新を怠っていたのは会社の非でもあったから、角都はこれまでの叱責を詫び、そして飛段の方も「馬鹿ですいません」頭を下げる。
「いや、私も新人の頃はこう言った書類仕事に苦労した」
職場では見せない柔らかい笑顔に飛段が惚れ直すのは自然の摂理。
上司と部下が、社の垣根を越えた深い仲になるまでにそう時間は掛からなかった。
*
郊外にある角都のマンションで、愛を確かめた2人は並んで寝転びながら事後の脱力感に身を任せていた。
「…なぁ、■■…」
ぼんやり灯した天井の電球を眺めて飛段は口を開く。
「ちょっとさァ…聞いて欲しいことがあるんだけど」
「…なんだ」
ローテーブルに置いたミネラルウォーターの栓を開けて角都は喉を上下させる。要るか?言うように差し出したボトルに飛段が首を振ると、角都はボトルをテーブルに置いてまたベッドに転がった。
「……戯言だと思ってくれていーんだけど」
前置きをして飛段は幾つかの記憶の話をする。
流石に“角都(お前)を探して”とは言えなかったが、好きな人を見つけると何故か自分は死んでしまうし、好きな人を見つける直前にこうして記憶を取り戻すのだと掻い摘んで説明した。
「……って、つまんねー話なんだけどよ」
飛段が話し終えると静かに聞き入ってた角都が寝返り、じぃと飛段を見つめる。
「…それで、今回の“恋人”は俺だった、と言うのか」
職場では“私”と言う角都が2人の時だと“俺”と言うのが堪らなく飛段は嬉しい。どんなに姿かたちが変わっても、魂の存在は角都なのだと否が応でも理解らせてくれたから。
――自分が部下をこうして愛してしまったのは、運命的な出会いなんかではない。
私が、俺が自分で選んだ結果だ。
恋人は“運命”だ、なんて言うけれど、それは後付けの設定と同じ。神と言えども誰かに指図される人生など、角都には真っ平御免だった。
「…俺、さ。
どうして良いのか分かんねーんだ。■■さんは角都じゃないって分かってるのに、惹かれちまう。
どうしても角都に重なっちまうんだ。身長も、目の色も、肌の色だって」
浅黒い肌をした、筋肉質なかつての恋人。
隣で自分を見つめる恋人はジム通いをして整った筋肉はしていたものの、肌の色は白いし縫い傷だって無い。
――けれど。飛段には見えてしまうのだ。
眉間に皺を寄せた、翡翠色の目の浅黒い肌をしたかつての角都が。
「…〇〇」
逞しい男の恋人を抱き寄せた角都の腕の中で、飛段は独白を続ける。
「■■さんが優しく俺を抱くのだって、我儘に酷くするのだって。
全部…あいつの影がチラつくんだ」
唇を噛んだ恋人の頭を、角都はそっと撫でる。
愛する人が自分を通して別の人間を見ていた? 普通の人間なら怒り狂いそうな内容だったが、何故か角都には怒る気がしなかった。寧ろ、恋人の態度に腑に落ちる点があって変に安堵してしまった部分もある。
「…前にさ、人を殺してでもお前と一緒になりたかったんだ、俺。
……だから、もう。お前を殺してもいいかな。俺も直ぐに後を追うから」
――なんて酷いシナリオのジュリエットだろう。
むくりと起き上がって飛段は角都に馬乗りになる。逆光に、角都は目を細めた。
「そうか。
なら殺すがいい、俺を」
角都は飛段の手を取ると、そっと喉仏に押し当てる。
「なぁ、其処で『早まるな』とか言わね~の?」
触れた指先に力を込めて笑う飛段に、角都は目を閉じる。
「…別に。
つまらん人生だ、好きな奴に殺されるのなら本望」
やってみろ、言わんばかりに飛段の手首を掴んだ角都に「優しいよなァ」飛段の瞳から涙が零れ落ちる。
「…本当にいいのか」
「……今更“止める”とでも?」
薄く目を開けて嗤った角都に、飛段は腰を浮かせて全ての体重を両手に掛ける。
酸素を絶たれ、苦しくなった角都の両手がシーツを掴んだが気にせず飛段は体重を掛け続けた。心臓の音だけが大きく耳に響き、手のひらからは角都の脈動が伝わる。
十五秒、三十秒。ぐったりとした角都にぽたりと飛段の汗が滴って、やっと彼の意識が現実に戻った。
「角都っ!角都…俺……!!」
慌てて恋人を揺さぶるものの、スプリングが唯弾むだけ。
心臓に耳を付けるが、静寂が耳に痛かった。
「…角都ぅ……」
目の前に横たわるのは、愛しい“角都”ではない。ほんの少し前までは、角都の姿で飛段の目には映っていたのに。
飛段は涙を拭くと、台所から万能包丁を持ち出して、動かぬ恋人の上に馬乗りになった。
――あン時腹ァ刺した坊主はこんな痛みだったのかなぁ。
飛段は覚悟を決めると、迷いなく頸動脈に包丁をめり込ませる。
迸る鮮血は天井まで赤く染め、すっかり忘れてしまった刃の痛みに「気持ちィ……」飛段は呟くと、折り重なるようにして角都の上に倒れた。
次第に暗く、静かになる世界、力の抜けた腕を無理矢理に動かして飛段は恋人の手のひらに己をの重ねる。
――ダッセェロミオとジュリエット。
嘲笑った飛段の声は、声にならないまま寝室に溶け、
そして2度と飛段が目覚めることは無かった――
*
『…飛段、お前なのか?』
声にならない自身の声に、角都は意識が戻ったのを知る。
目の前に広がるのは真っ白な天井、規則的な機械音。
――何故、今の今まで忘れていたのか。
あれだけ愛した、恋しい人の名を。記憶を。
「■■!!」
傍らの女性が見知らぬ名前を呼び、ベッドに突っ伏して泣き声を上げる。
角都は女性をチラリと見遣るものの、気難しい表情なのは変えなかった。
――此処は、どこだ…?
病院だと分かる以外の詳細は不明だったが、泣き崩れる女性にどう対応すべきか分からず、取り敢えずは険しい表情のまま看護師の到着を待つのだった。
*
どうやら角都は交通事故に巻き込まれ、1週間程昏睡状態のようだった。
両足の骨折に顔面の損傷。背中の傷も酷いものだったらしい。退院間際になって、初めて顔の包帯を取った角都は己の業の深さを思い知る。
外科の担当医は言う。
「酷い傷跡に見えますが、美容整形の方で少しずつ治していけます」
触っただけで分かる、口元から頬、こめかみまで伸びる引きつれた深い傷。その傷痕には覚えがあった。
差し出された鏡に映った自分、其れは――
*了*
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