Serena*Mのあたまのなかみ。
バットマン/ジェイディク
SS新書ページメーカー等で書き散らしたジェイディク小話まとめ
※ワードパレットお題などあります
SS新書ページメーカー等で書き散らしたジェイディク小話まとめ
※ワードパレットお題などあります
身支度
ディックは、ジェイソンが身支度を整えるのを眺めるのが好きだった。
普段自分が愛用する電気シェーバーに文句を言いながら髭を剃るのも好きだし、洗顔フォームにも「くせぇ」悪態を吐く姿も可愛いと思う。
「歯磨き粉、切れそうだぞ」
そう歯ブラシを咥えながら言われるのに「はぁ~い」返事はするものの、内容は頭に入っていなかった。
ただ、ジェイソンは格好良いなぁ♡そう思ってじっと見つめるのだ。
「……好い加減どっか向けよ。
そろそろお前の視線で溶ける」
少し焦げたトーストを齧りながらそっぽを向いたジェイソンに「そう?」ディックは首を傾げる。
起きてから1時間は経つと言うのに、ただただジェイソンの周りを尻尾を振る犬のように着いて回っただけの彼は相変わらずヨレヨレのTシャツだったし、前髪は変な方向に飛び出ていた。
「だってジェイソンが格好良いんだもん」
恋人からの言葉に臆することもなくディックはジェイソンを褒める。
皮肉であればこちらも軽口で返してやれるのに、困ったことにこれはディックの本心なのだ。純粋に向けられた好意に、ジェイソンは返す言葉もない。
「さっさと食って出掛けるぞ。
動物園に行きたいんだろ?」
グラスに買い置きのオレンジジュースを注いだジェイソンに、ディックも慌ててパンを頬張る。
「急いで、急いで支度するから! 待っててね!?!?」
シャワールームに消えた兄に、ジェイソンは小さく溜め息を吐くと落ちたパンくずを拾って空の皿に放った。
――どっちが年上なんだか。
啼いて縋った昨晩の痴態も思い出してジェイソンは口の端を上げると「30分!」シャワールームに向かって叫び、そしてのんびりと朝食の続きを再開するのだった。
★ ★ ★
5.ガトーショコラ
「もう少し」「しっかりと」「濃厚な」
「えーっと…生クリームはツノが立つまでしっかりと泡立てます」
ディックが執事から借りたメモを片手に呟く。
彼の後ろではジェイソンが金属のボウルを抱えてせわしなく腕を動かしていた。
「…まだかー!?」
“ジェイに美味しいガトーショコラを作ってあげる”
なんて呼び出された日曜日の午後。それなら、と最近出来たシアトル系カフェのコーヒーを持ってセーフハウスを訪ねたら「ハンドミキサーが壊れちゃったぁ」泣きつかれてこうして手伝う羽目になってしまった。
恋人の泡立てたクリームを見て「もう少し…」ディックは言うとオーブンの前にまた戻る。
別にガトーショコラだけでも構わないとジェイソンは思うのだが、アルフレッドからの秘伝のレシピには“生クリームを添えて”と書いてあるし、確かにウェイン邸で食べるガトーショコラには真っ白なクリームが乗せられていた。無いと寂しいのだろう、其れにはジェイソンも同意はする。――けれど、人力で生クリームを泡立てさせるのは如何なものかとも思うのだ。
『何のための筋肉さ』
口答えしようものなら、この女王様はそう返すだろう。ジェイソンは察して閉口する。怖い顔をしているが彼は平和主義者なのだ。無駄な争いはしたくない。
「そっちはどうだ?」
かしゃかしゃと泡だて器を動かしながらジェイソンが尋ねると、
「あと3分!」
ディックは振り向く。
「じゃぁ、オレもあと3分な」
ジェイソンは言うと、無言でクリームを泡立てるのだった。
*
「ん~~~美味しい♡」
とろりととろけるチョコレートのガトーショコラに、ふわりと乗せた生クリームがよく合う。
ディックの二口分くらいの大きさのガトーショコラを一度に口に運ぶジェイソンに「もっと味わってよ」ディックは文句を言ったが、「生クリームを泡立てたのはオレだ、文句があるか」なんて小言で返した。
「じゃ、いっぱいお礼しちゃう」
チラリと覗かせた赤い舌に、恋人の真意を汲み取って「結局“ソレ”かよ」ジェイソンは大袈裟に肩を落とす。
「温かいうちに食べて」なんて悪戯っぽく言うディックを尻目に、大急ぎでガトーショコラを平らげると恋人を抱き上げた。
「Happy Valentine♡」
――其れは、ガトーショコラよりも濃厚な恋人たちの甘い夜。
★ ★ ★
15.一粒チョコ
「迷わず」「好きな味」「四角い」
デートの帰り道、新しく出来たショコラティエのショーウインドウにディックが背中を叩いたから、2人は仲良く店のドアベルを鳴らした。
真新しいショーケースには濃い茶色の四角いチョコレートが行儀よく並んでいる。
アーモンドが丸ごと乗せられたもの、赤い苺のパウダーがまぶされたもの、キャラメル色のチョコレートで縁取られたもの…
「迷っちゃうねぇ」
振り向いたディックに、
「なら全部買って帰ればいいだろ」
ジェイソンは素っ気ない。
「どうしてそんなこと言うの。
一緒に選びたいから言ってるのに」
頬を膨らませたディックへジェイソンは頭を振ると並んでショーウインドウを見つめる。
金箔が飾られたチョコはカカオ80%と書かれていて下の弟が好きそうな味だったし、その隣のヌガー入りのはディックが好きなものだろう。Matchaと書かれた緑色のものはアルフレッドが興味を持ちそうだ。
どれにしよう…?
未だに頭を悩ませている恋人を置いて、ジェイソンは店員を呼ぶ。
「このカカオのヤツと、向こうのMatcha、あとこっちのヌガーと…」
迷わず指示する恋人の姿に「もう決めたの?」ディックは目を瞬かせる。
「家に行くんだろ」
ジェソンは答えると「あとはコイツが頼む。支払いは一緒で」そう二つ折りの財布からカードを取り出すと
「出てる」
恋人の肩を叩いて店を後にする。
「えぇ~自分勝手だなぁ」
ディックは口を尖らせたが、トレイを持った店員に向き合うと「店員さんのオススメは何? 期間限定とかあると嬉しいんだけど…」そう言って買い物を続けた。
*
「ジェイってさ、文句は言うけど僕ら家族のこと大好きだよね」
ジェイソンから渡されたヘルメットを被ってディックは微笑む。
「は?」
店の裏手で一服していたジェイソンからは仄かに煙草の臭いがして、実家では吸わない彼の優しさに心が温まった。
「だってさ、僕のはヌガー、カカオのはティム…でしょ? あとはアルフレッドにMatchaとか、さ。好きな味じゃん?」
スロットルを回した恋人の広い背中に抱き着くと
「聞こえねぇ!」
自身のヘルメットを指差してジェイソンはジェスチャーする。
「ん、いいの」
ディックは頭を振ると、そのまま恋人の腰に手を回した。
ふかしたエンジンで軽快に愛車が滑り出すと「好き」ウェイン邸に続く道の景色を眺めながら、改めてディックは思うのだった。
★ ★ ★
14.生チョコ
「溶けていく」「中身」「柔らかい」
珍しくジェイソンが「お土産」ぶっきらぼうに紙袋を突き出した。
「僕に?」
尋ねたディックに「ん」ジェイソンは頷く。
ティムに頼まれて海岸の方まで出掛けた帰り、カフェで[[rb:藻塩>シーソルト]]を利用したチョコレートを食べたらしい。美味かったから包んで貰ったと、出したコーヒーを啜りながら呟いた。
「嬉しいな。ジェイソンが僕に買ってきてくれるなんて」
隣に腰掛けたディックががさごそと紙袋を開けると、中身は小さなプラスチックのパッケージにココアが塗されたチョコレートだった。
柔らかい其れは生チョコレートのようで、口に含むと体温でゆっくりと溶けていく。塩、とジェイソンが説明したように少し塩気があって、甘さと塩気の絶妙なバランスがもう一粒を誘う作りだった。
「おいし~」
恋人の肩に頭を預けてディックは喜ぶ。
全身で歓びを表現する彼に、ジェイソンは冷淡だった。
「…気に入ったのなら、よかった」
「うん、凄く美味しいよ。有難う、ジェイ」
指についたココアパウダーを舐めたディックに、ジェイソンは手を取るとそのまま舐め上げる。
柔らかい舌先の感触に、とろりと頭が溶けてしまったから
――あぁ、僕がジェイソンの生チョコみたいだ。
なんてディックは思うのだった。
★ ★ ★
2.いちごチョコ
「きゅんと」「期待」「甘酸っぱい」
「ねぇ、これでいいかな?」
チョコレートの入ったボウルを抱えたディックが、傍らのアルフレッドに尋ねる。
アルフレッドと言えば優雅に新聞を広げていて「…ほう。お隣の動物園にパンダが来るそうですよ」なんてのんびり紅茶を啜っていた。
「ア~ル~フ~~!」
少し大きめの声で執事の注意を引いたディックに、アルフレッドは新聞を下げる。
「チョコレートは冷めましたか?」
「うん、随分とぐるぐる頑張ったからね!
どう、さっきよりツヤツヤになったと思わない?」
ボウルを斜めにして中のチョコレートを見せたディックに「合格です」アルフレッドは新聞を置いて立ち上がる。
「では、その温度をキープしながら、最後の工程に入りましょうね」
彼は言うと、大きな冷蔵庫から大きな箱を取り出す。
木の蓋を開けると、スポンジの上に綺麗に整列された苺が並んでいて、どれもぴかぴかと光って美味しそうだった。
「わ~素敵!」
跳ねあがって喜ぶディックにアルフレッドは微笑むと
「では、一粒ずつ優しく洗いましょう」
そう苺を差し出す。
「味見は?」
「…1つだけなら」
「じゃぁアルフレッドにも食べさせて共犯にしちゃおう!」
なんて苺を口に運ぶ。
大きな見た目とは裏腹に甘酸っぱく繊細な風味に「おいし~~~♡」ディックは笑顔を作り、アルフレッドも「此方の農園は今年も素晴らしい苺を作りますね」なんて呟いた。
「じゃぁ、この苺に~…」
優しく洗ってしっかりと水分を拭きとった苺を、ちょんとチョコレートの海に浸す。
半分ほど漬けたところで引き揚げ、バットの上に並べると「その調子です」監修の執事は大きく頷いた。
「よーし!頑張っちゃうぞぉ~!!
でもその前にもう一つだけ…」
ぱくりと苺を食べるディックは子供の頃から変わらない所作で、そんな彼にアルフレッドは目を細めるのだった。
*
「ジェ~~~~イ!
僕が作ったの!食べて!!」
久し振りにウェイン邸に顔を覗かせて三十秒、早速に一番上の兄に見つかったジェイソンはキッチンに連れ込まれる。
「見て見て! とっても綺麗でしょう?」
虹色に輝くセロファンに包まれたいちごチョコを見せてディックは瞳を輝かせる。
「ジェイ、あんまりこーゆーの食べないから苦手じゃないといいんだけど…」
厳つい顔をした弟は、その見た目に反して甘党なところがあった。二人でカフェでデートなんかすると、逆にディックが甘いケーキにお手上げし、ジェイソンが片付ける事も多い。
「…ん、別に食えりゃぁ文句はねーよ」
飾られたリボンを解きながらジェイソンは答える。
「……腹ァ壊さねーだろうな?」
「大丈夫、アルフのお墨付き」
苺を摘まんだまま尋ねたジェイソンにディックはサムズアップを決めると、「期待してる」ジェイソンは其れを口に含む。
甘いミルクチョコレートに酸っぱさのある苺の果汁が口全体に広まり、美味ぇ、ジェイソンは目尻を下げた。
いつもは厳しい弟の優しい笑顔にディックの心がきゅんとときめく。
「ふふ、僕の料理も上達したでしょ!」
胸を反らせた兄に、弟は
「こんなん料理じゃねーよ」
相変わらず辛辣に返すのだった。
★ ★ ★
4.オランジェット
「口を開けて」「余裕」「爽やかな苦味」
――お洒落。
ディックは思った。
場所は恋人(ジェイソン)のセーフハウス。
“美味しかったから食べよう”そう持ち込んだ有名ショコラティエの名が刻まれたショッパーのオランジェットは小さなショットグラスに入れて提供された。
別にそのままでも良かったのに。
僕ならこのまま箱ごと食べちゃうな。
一緒に差し出されたウォッカをちびりと口に含むと焼け付くように喉が痛い。
「これしか無かったんだ」
そう言ったジェイソンに「気にしないで」ディックは微笑った。
連絡も無しに急に尋ねたのはディックの方だ。不在の可能性だってあったし、機嫌が悪かったら追い返されたかもしれない。
「どう? 気に入ってくれた??」
珍しく口を開けて甘えるジェイソンに、ディックはぽいと細い其れを口に入れてやる。同時に自分も口に含むと柑橘の爽やかな苦味が広がって、好奇心が勝って呟いた。
「…ねぇ。今、キスしたらオランジェットの味になるのかな」
「……じゃねぇの」
「いい?」
「余裕」
恋人の言葉に、ディックは破顔すると身体を寄せる。
口移しのオランジェットの味は、2人しか知らない――
★ ★ ★
8.ザッハトルテ
「ご褒美」「甘くない」「王様」
ジェイソンから見たディックが我儘な女王様なら、ディックから見たジェイソンは尊大な王様だ。
いつも下々の者(ディック)に厳しいし、全然優しくないし甘くない。
其れはいつだってディックがジェイソンの神経を逆撫でする所為でもあったし、ともかく2人はいつだって正反対なのだ。
なのにべったりと弟に張り付く兄に家族は不思議に思うのだけど「まぁ、ディックだしね」その一言で全ては解決した。
ウェイン邸で2人っきり、アルフレッドが整えてくれた個室で相変わらずジェイソンは恋人に横柄な態度を取る。
「ねぇねぇ」
身体を寄せる兄に「うぜぇ」「あっち行け」「1人で寝ろ」そう手を振るのだ。
「んもう」
つまんない。
頬を膨らませた兄のあざとさにジェイソンは根負けすると、執事から渡された菓子(ザッハトルテ)を取り出した。
「悪いコト、しようぜ」
言って、兄の腰を抱き寄せて口付ける。
――こんな時間に菓子を楽しむことなのか、それともキスの先まで愉しむことなのか。
恋人からの突然のご褒美を、女王様(ディック)が存分に堪能したのは――言うまでもない。
★ ★ ★
3.誰も知らない
「気の抜けた」「掠れた声」「ゆめうつつ」
――んぁ…おしっこしたい…。
ずしりと重い恋人の筋肉質な腕を押しやってディックはゆめうつつに目を擦る。
体を起こすとゆっくりとスプリングが沈み、その気配にジェイソンは目を覚ましたようだった。
ベッドを抜け出そうとする恋人の腕を掴むと薄く目を開けて不機嫌な声で唸る。
「…どこ、行く……」
其れはまるで幼子が寝かしつける母を逃すまいとする動作にも似ていてディックは微笑みを浮かべた。
「ちょっとトイレ。すぐ戻ってくるよ」
そう言った筈なのに、掠れた声で聞こえるのは『…トイレ、…くる』だけで、思わず口を覆ってしまった。
――そんなに喘いだかな、僕。
確か、昨日は久し振りにゆっくりと食事をして。
アイスクリームを抱えてアメフトの試合を見ていたら、何となく試合と共に自分たちも盛り上がってしまって。
溶けたアイスには悪いけど、こうしてテーブルの上はそのままに寝室で愛を深めたのだ。
「…ん…」
言葉は無くとも、意図は伝わるのか。
難しい顔をしたジェイソンだったが、ぱっと恋人の腕を離したから「ありがと」ディックは囁いて眉間の皺にキスを1つ落とす。
暗がりの部屋、ローテーブル角に小指をぶつけて星を散らしながらディックが寝室に戻ると、「ん」ジェイソンが上掛けを捲る。
寝ぼけ眼の気の抜けた顔にディックも頬を緩ませるとするりと作られた空間に身を捻り、すっぽりと恋人の腕に収まった。
「…ジェイ」
弟の逞しい胸に顔を埋めてディックは囁く。
「…んぁ…?」
半分意識の飛んでいる恋人に、ディックは「すき」甘えるとそのままジェイソンを抱きしめて瞼を閉じる。
言われたジェイソンに声は届かなかったようで「…?」彼は少しだけ眉を寄せて、恋人の頭を撫でて完全に意識を手放すのだった。
ディックは、ジェイソンが身支度を整えるのを眺めるのが好きだった。
普段自分が愛用する電気シェーバーに文句を言いながら髭を剃るのも好きだし、洗顔フォームにも「くせぇ」悪態を吐く姿も可愛いと思う。
「歯磨き粉、切れそうだぞ」
そう歯ブラシを咥えながら言われるのに「はぁ~い」返事はするものの、内容は頭に入っていなかった。
ただ、ジェイソンは格好良いなぁ♡そう思ってじっと見つめるのだ。
「……好い加減どっか向けよ。
そろそろお前の視線で溶ける」
少し焦げたトーストを齧りながらそっぽを向いたジェイソンに「そう?」ディックは首を傾げる。
起きてから1時間は経つと言うのに、ただただジェイソンの周りを尻尾を振る犬のように着いて回っただけの彼は相変わらずヨレヨレのTシャツだったし、前髪は変な方向に飛び出ていた。
「だってジェイソンが格好良いんだもん」
恋人からの言葉に臆することもなくディックはジェイソンを褒める。
皮肉であればこちらも軽口で返してやれるのに、困ったことにこれはディックの本心なのだ。純粋に向けられた好意に、ジェイソンは返す言葉もない。
「さっさと食って出掛けるぞ。
動物園に行きたいんだろ?」
グラスに買い置きのオレンジジュースを注いだジェイソンに、ディックも慌ててパンを頬張る。
「急いで、急いで支度するから! 待っててね!?!?」
シャワールームに消えた兄に、ジェイソンは小さく溜め息を吐くと落ちたパンくずを拾って空の皿に放った。
――どっちが年上なんだか。
啼いて縋った昨晩の痴態も思い出してジェイソンは口の端を上げると「30分!」シャワールームに向かって叫び、そしてのんびりと朝食の続きを再開するのだった。
★ ★ ★
5.ガトーショコラ
「もう少し」「しっかりと」「濃厚な」
「えーっと…生クリームはツノが立つまでしっかりと泡立てます」
ディックが執事から借りたメモを片手に呟く。
彼の後ろではジェイソンが金属のボウルを抱えてせわしなく腕を動かしていた。
「…まだかー!?」
“ジェイに美味しいガトーショコラを作ってあげる”
なんて呼び出された日曜日の午後。それなら、と最近出来たシアトル系カフェのコーヒーを持ってセーフハウスを訪ねたら「ハンドミキサーが壊れちゃったぁ」泣きつかれてこうして手伝う羽目になってしまった。
恋人の泡立てたクリームを見て「もう少し…」ディックは言うとオーブンの前にまた戻る。
別にガトーショコラだけでも構わないとジェイソンは思うのだが、アルフレッドからの秘伝のレシピには“生クリームを添えて”と書いてあるし、確かにウェイン邸で食べるガトーショコラには真っ白なクリームが乗せられていた。無いと寂しいのだろう、其れにはジェイソンも同意はする。――けれど、人力で生クリームを泡立てさせるのは如何なものかとも思うのだ。
『何のための筋肉さ』
口答えしようものなら、この女王様はそう返すだろう。ジェイソンは察して閉口する。怖い顔をしているが彼は平和主義者なのだ。無駄な争いはしたくない。
「そっちはどうだ?」
かしゃかしゃと泡だて器を動かしながらジェイソンが尋ねると、
「あと3分!」
ディックは振り向く。
「じゃぁ、オレもあと3分な」
ジェイソンは言うと、無言でクリームを泡立てるのだった。
*
「ん~~~美味しい♡」
とろりととろけるチョコレートのガトーショコラに、ふわりと乗せた生クリームがよく合う。
ディックの二口分くらいの大きさのガトーショコラを一度に口に運ぶジェイソンに「もっと味わってよ」ディックは文句を言ったが、「生クリームを泡立てたのはオレだ、文句があるか」なんて小言で返した。
「じゃ、いっぱいお礼しちゃう」
チラリと覗かせた赤い舌に、恋人の真意を汲み取って「結局“ソレ”かよ」ジェイソンは大袈裟に肩を落とす。
「温かいうちに食べて」なんて悪戯っぽく言うディックを尻目に、大急ぎでガトーショコラを平らげると恋人を抱き上げた。
「Happy Valentine♡」
――其れは、ガトーショコラよりも濃厚な恋人たちの甘い夜。
★ ★ ★
15.一粒チョコ
「迷わず」「好きな味」「四角い」
デートの帰り道、新しく出来たショコラティエのショーウインドウにディックが背中を叩いたから、2人は仲良く店のドアベルを鳴らした。
真新しいショーケースには濃い茶色の四角いチョコレートが行儀よく並んでいる。
アーモンドが丸ごと乗せられたもの、赤い苺のパウダーがまぶされたもの、キャラメル色のチョコレートで縁取られたもの…
「迷っちゃうねぇ」
振り向いたディックに、
「なら全部買って帰ればいいだろ」
ジェイソンは素っ気ない。
「どうしてそんなこと言うの。
一緒に選びたいから言ってるのに」
頬を膨らませたディックへジェイソンは頭を振ると並んでショーウインドウを見つめる。
金箔が飾られたチョコはカカオ80%と書かれていて下の弟が好きそうな味だったし、その隣のヌガー入りのはディックが好きなものだろう。Matchaと書かれた緑色のものはアルフレッドが興味を持ちそうだ。
どれにしよう…?
未だに頭を悩ませている恋人を置いて、ジェイソンは店員を呼ぶ。
「このカカオのヤツと、向こうのMatcha、あとこっちのヌガーと…」
迷わず指示する恋人の姿に「もう決めたの?」ディックは目を瞬かせる。
「家に行くんだろ」
ジェソンは答えると「あとはコイツが頼む。支払いは一緒で」そう二つ折りの財布からカードを取り出すと
「出てる」
恋人の肩を叩いて店を後にする。
「えぇ~自分勝手だなぁ」
ディックは口を尖らせたが、トレイを持った店員に向き合うと「店員さんのオススメは何? 期間限定とかあると嬉しいんだけど…」そう言って買い物を続けた。
*
「ジェイってさ、文句は言うけど僕ら家族のこと大好きだよね」
ジェイソンから渡されたヘルメットを被ってディックは微笑む。
「は?」
店の裏手で一服していたジェイソンからは仄かに煙草の臭いがして、実家では吸わない彼の優しさに心が温まった。
「だってさ、僕のはヌガー、カカオのはティム…でしょ? あとはアルフレッドにMatchaとか、さ。好きな味じゃん?」
スロットルを回した恋人の広い背中に抱き着くと
「聞こえねぇ!」
自身のヘルメットを指差してジェイソンはジェスチャーする。
「ん、いいの」
ディックは頭を振ると、そのまま恋人の腰に手を回した。
ふかしたエンジンで軽快に愛車が滑り出すと「好き」ウェイン邸に続く道の景色を眺めながら、改めてディックは思うのだった。
★ ★ ★
14.生チョコ
「溶けていく」「中身」「柔らかい」
珍しくジェイソンが「お土産」ぶっきらぼうに紙袋を突き出した。
「僕に?」
尋ねたディックに「ん」ジェイソンは頷く。
ティムに頼まれて海岸の方まで出掛けた帰り、カフェで[[rb:藻塩>シーソルト]]を利用したチョコレートを食べたらしい。美味かったから包んで貰ったと、出したコーヒーを啜りながら呟いた。
「嬉しいな。ジェイソンが僕に買ってきてくれるなんて」
隣に腰掛けたディックががさごそと紙袋を開けると、中身は小さなプラスチックのパッケージにココアが塗されたチョコレートだった。
柔らかい其れは生チョコレートのようで、口に含むと体温でゆっくりと溶けていく。塩、とジェイソンが説明したように少し塩気があって、甘さと塩気の絶妙なバランスがもう一粒を誘う作りだった。
「おいし~」
恋人の肩に頭を預けてディックは喜ぶ。
全身で歓びを表現する彼に、ジェイソンは冷淡だった。
「…気に入ったのなら、よかった」
「うん、凄く美味しいよ。有難う、ジェイ」
指についたココアパウダーを舐めたディックに、ジェイソンは手を取るとそのまま舐め上げる。
柔らかい舌先の感触に、とろりと頭が溶けてしまったから
――あぁ、僕がジェイソンの生チョコみたいだ。
なんてディックは思うのだった。
★ ★ ★
2.いちごチョコ
「きゅんと」「期待」「甘酸っぱい」
「ねぇ、これでいいかな?」
チョコレートの入ったボウルを抱えたディックが、傍らのアルフレッドに尋ねる。
アルフレッドと言えば優雅に新聞を広げていて「…ほう。お隣の動物園にパンダが来るそうですよ」なんてのんびり紅茶を啜っていた。
「ア~ル~フ~~!」
少し大きめの声で執事の注意を引いたディックに、アルフレッドは新聞を下げる。
「チョコレートは冷めましたか?」
「うん、随分とぐるぐる頑張ったからね!
どう、さっきよりツヤツヤになったと思わない?」
ボウルを斜めにして中のチョコレートを見せたディックに「合格です」アルフレッドは新聞を置いて立ち上がる。
「では、その温度をキープしながら、最後の工程に入りましょうね」
彼は言うと、大きな冷蔵庫から大きな箱を取り出す。
木の蓋を開けると、スポンジの上に綺麗に整列された苺が並んでいて、どれもぴかぴかと光って美味しそうだった。
「わ~素敵!」
跳ねあがって喜ぶディックにアルフレッドは微笑むと
「では、一粒ずつ優しく洗いましょう」
そう苺を差し出す。
「味見は?」
「…1つだけなら」
「じゃぁアルフレッドにも食べさせて共犯にしちゃおう!」
なんて苺を口に運ぶ。
大きな見た目とは裏腹に甘酸っぱく繊細な風味に「おいし~~~♡」ディックは笑顔を作り、アルフレッドも「此方の農園は今年も素晴らしい苺を作りますね」なんて呟いた。
「じゃぁ、この苺に~…」
優しく洗ってしっかりと水分を拭きとった苺を、ちょんとチョコレートの海に浸す。
半分ほど漬けたところで引き揚げ、バットの上に並べると「その調子です」監修の執事は大きく頷いた。
「よーし!頑張っちゃうぞぉ~!!
でもその前にもう一つだけ…」
ぱくりと苺を食べるディックは子供の頃から変わらない所作で、そんな彼にアルフレッドは目を細めるのだった。
*
「ジェ~~~~イ!
僕が作ったの!食べて!!」
久し振りにウェイン邸に顔を覗かせて三十秒、早速に一番上の兄に見つかったジェイソンはキッチンに連れ込まれる。
「見て見て! とっても綺麗でしょう?」
虹色に輝くセロファンに包まれたいちごチョコを見せてディックは瞳を輝かせる。
「ジェイ、あんまりこーゆーの食べないから苦手じゃないといいんだけど…」
厳つい顔をした弟は、その見た目に反して甘党なところがあった。二人でカフェでデートなんかすると、逆にディックが甘いケーキにお手上げし、ジェイソンが片付ける事も多い。
「…ん、別に食えりゃぁ文句はねーよ」
飾られたリボンを解きながらジェイソンは答える。
「……腹ァ壊さねーだろうな?」
「大丈夫、アルフのお墨付き」
苺を摘まんだまま尋ねたジェイソンにディックはサムズアップを決めると、「期待してる」ジェイソンは其れを口に含む。
甘いミルクチョコレートに酸っぱさのある苺の果汁が口全体に広まり、美味ぇ、ジェイソンは目尻を下げた。
いつもは厳しい弟の優しい笑顔にディックの心がきゅんとときめく。
「ふふ、僕の料理も上達したでしょ!」
胸を反らせた兄に、弟は
「こんなん料理じゃねーよ」
相変わらず辛辣に返すのだった。
★ ★ ★
4.オランジェット
「口を開けて」「余裕」「爽やかな苦味」
――お洒落。
ディックは思った。
場所は恋人(ジェイソン)のセーフハウス。
“美味しかったから食べよう”そう持ち込んだ有名ショコラティエの名が刻まれたショッパーのオランジェットは小さなショットグラスに入れて提供された。
別にそのままでも良かったのに。
僕ならこのまま箱ごと食べちゃうな。
一緒に差し出されたウォッカをちびりと口に含むと焼け付くように喉が痛い。
「これしか無かったんだ」
そう言ったジェイソンに「気にしないで」ディックは微笑った。
連絡も無しに急に尋ねたのはディックの方だ。不在の可能性だってあったし、機嫌が悪かったら追い返されたかもしれない。
「どう? 気に入ってくれた??」
珍しく口を開けて甘えるジェイソンに、ディックはぽいと細い其れを口に入れてやる。同時に自分も口に含むと柑橘の爽やかな苦味が広がって、好奇心が勝って呟いた。
「…ねぇ。今、キスしたらオランジェットの味になるのかな」
「……じゃねぇの」
「いい?」
「余裕」
恋人の言葉に、ディックは破顔すると身体を寄せる。
口移しのオランジェットの味は、2人しか知らない――
★ ★ ★
8.ザッハトルテ
「ご褒美」「甘くない」「王様」
ジェイソンから見たディックが我儘な女王様なら、ディックから見たジェイソンは尊大な王様だ。
いつも下々の者(ディック)に厳しいし、全然優しくないし甘くない。
其れはいつだってディックがジェイソンの神経を逆撫でする所為でもあったし、ともかく2人はいつだって正反対なのだ。
なのにべったりと弟に張り付く兄に家族は不思議に思うのだけど「まぁ、ディックだしね」その一言で全ては解決した。
ウェイン邸で2人っきり、アルフレッドが整えてくれた個室で相変わらずジェイソンは恋人に横柄な態度を取る。
「ねぇねぇ」
身体を寄せる兄に「うぜぇ」「あっち行け」「1人で寝ろ」そう手を振るのだ。
「んもう」
つまんない。
頬を膨らませた兄のあざとさにジェイソンは根負けすると、執事から渡された菓子(ザッハトルテ)を取り出した。
「悪いコト、しようぜ」
言って、兄の腰を抱き寄せて口付ける。
――こんな時間に菓子を楽しむことなのか、それともキスの先まで愉しむことなのか。
恋人からの突然のご褒美を、女王様(ディック)が存分に堪能したのは――言うまでもない。
★ ★ ★
3.誰も知らない
「気の抜けた」「掠れた声」「ゆめうつつ」
――んぁ…おしっこしたい…。
ずしりと重い恋人の筋肉質な腕を押しやってディックはゆめうつつに目を擦る。
体を起こすとゆっくりとスプリングが沈み、その気配にジェイソンは目を覚ましたようだった。
ベッドを抜け出そうとする恋人の腕を掴むと薄く目を開けて不機嫌な声で唸る。
「…どこ、行く……」
其れはまるで幼子が寝かしつける母を逃すまいとする動作にも似ていてディックは微笑みを浮かべた。
「ちょっとトイレ。すぐ戻ってくるよ」
そう言った筈なのに、掠れた声で聞こえるのは『…トイレ、…くる』だけで、思わず口を覆ってしまった。
――そんなに喘いだかな、僕。
確か、昨日は久し振りにゆっくりと食事をして。
アイスクリームを抱えてアメフトの試合を見ていたら、何となく試合と共に自分たちも盛り上がってしまって。
溶けたアイスには悪いけど、こうしてテーブルの上はそのままに寝室で愛を深めたのだ。
「…ん…」
言葉は無くとも、意図は伝わるのか。
難しい顔をしたジェイソンだったが、ぱっと恋人の腕を離したから「ありがと」ディックは囁いて眉間の皺にキスを1つ落とす。
暗がりの部屋、ローテーブル角に小指をぶつけて星を散らしながらディックが寝室に戻ると、「ん」ジェイソンが上掛けを捲る。
寝ぼけ眼の気の抜けた顔にディックも頬を緩ませるとするりと作られた空間に身を捻り、すっぽりと恋人の腕に収まった。
「…ジェイ」
弟の逞しい胸に顔を埋めてディックは囁く。
「…んぁ…?」
半分意識の飛んでいる恋人に、ディックは「すき」甘えるとそのままジェイソンを抱きしめて瞼を閉じる。
言われたジェイソンに声は届かなかったようで「…?」彼は少しだけ眉を寄せて、恋人の頭を撫でて完全に意識を手放すのだった。
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